「右に回すと締まる」は、誰が決めたの?
ペットボトルのふた、ジャムの瓶、水道の蛇口、そして家具の組み立てで出てくるネジ。どれも「右に回すと締まり、左に回すと緩む」ですよね。あまりに当たり前すぎて、普段は意識すらしないと思います。
右ネジは上から見て時計回りに回すと奥へ進む
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。ペットボトルを作る会社と、家具のネジを作る会社と、水道の蛇口を作る会社は、まったく別の会社です。それなのに、どうして全部同じ向きなんでしょう。誰かが「右回りで締まることにしましょう」と号令をかけたのでしょうか。
実は、はっきりした号令はありませんでした。ネジの歴史は古く、紀元前のギリシャやローマで、ブドウやオリーブを圧搾する機械にすでに木製のネジが使われていたと言われています。そのころから「右回りで締まる」ものが多数派だったようです。つまり、最初に決めた人がいたわけではなく、「なんとなくみんなそうしていた」が長く続いてきたのです。
ところが19世紀、産業革命でネジが大量に作られるようになると、困ったことが起きます。工場ごとにネジの太さや溝の間隔(ピッチ)がバラバラで、A社のボルトにB社のナットがはまらない。壊れた機械を直したいのに、合う部品が手に入らない。そんな状態だったのです。
「右に回すと締まる」が標準になるまでの流れ
そこで登場したのがイギリスの技術者ジョセフ・ウィットワースです。1841年、彼は「ネジの太さに応じて、溝の角度やピッチはこう決めよう」という統一規格を提案しました。これが世界で初めて広く受け入れられたネジの規格だと言われています。このとき、昔からの多数派だった「右回りで締まる」も、あらためて標準として固定されました。
その後、アメリカでも1864年にウィリアム・セラーズが独自の規格を提案し、やがて20世紀には国際規格(ISO)としてまとめられていきます。いま私たちが買ってくるM6やM8といったネジは、この流れの先にあるものです。
つまり「右に回すと締まる」のは、長い間の習慣が、産業の必要に応じて規格として書き留められた結果なんですね。誰かの思いつきではなく、みんなの手が自然に選んだ向きだった。そう思うと、少しだけネジが身近に感じられませんか。

なぜ「左」ではなく「右」だったの?
では、なぜ昔の人たちは「右回りで締まる」を自然に選んだのでしょうか。ここからは少しだけ身体の話になります。
もっとも有力な説は、「人間の多くが右利きだから」というものです。ちょっと試してみてもらえますか。右手で何かをつかむつもりで腕を前に出して、手のひらを外側(親指が上から外へ向かう方向)にひねってみてください。次に、内側にひねってみてください。
外側にひねる動きのほうが、力が入りやすく感じないでしょうか。この「外側にひねる」動きは専門用語で「回外(かいがい)」と呼ばれ、二の腕の大きな筋肉(上腕二頭筋)が手伝ってくれるので、強い力を出しやすいのです。ドライバーを右手で持ってこの動きをすると、ネジは時計回り、つまり「右回り」になります。
右手でドライバーを回すときの締める向きと緩める向き
ネジは、締めるときに一番力がいります。最後に「キュッ」と固定する瞬間ですね。だから、右利きの人が一番力を出しやすい向きが「締める向き」になった。そう考えると筋が通っています。
ただし、ここは少し正直に書かせてください。この説はあちこちで語られていて説得力もあるのですが、「これが歴史的に証明された理由です」と言い切れるものではありません。昔の職人が「こっちのほうが力が入るから」と書き残した記録があるわけではないのです。ただ、何世代もの作り手と使い手が「こっちのほうがしっくりくる」と感じて選んできた結果が、いまの標準になっている。そう考えるのが一番自然だと思います。
もう一つ、「右」を後押しした要因があります。それは「みんなが同じ向きであることそのもの」の価値です。もしネジが製品ごとに右だったり左だったりしたら、私たちは毎回「これどっち?」と考えなければなりません。間違った向きに力をかけてネジを潰してしまうことも増えるでしょう。
「考えなくても身体が覚えている」。これは道具にとってとても大切な性質です。右か左かよりも、「どちらかに揃っている」ことのほうが、実はもっと大事だったのかもしれません。たまたま多数派になった「右」が、いったん広がるともう誰も変えられなくなった。ネジの向きは、そんな「当たり前の強さ」の話でもあるのです。


実は例外がある——「逆ネジ」の世界
ここまで「ネジは全部右回り」と書いてきましたが、実は身の回りに「左に回すと締まる」ネジがこっそり潜んでいます。「逆ネジ」や「左ネジ」と呼ばれるものです。そして面白いことに、逆ネジが使われている場所には、きちんとした理由があります。
いちばん身近な例は自転車のペダルです。自転車のペダルは、右側は普通の右ネジですが、左側は逆ネジになっています。これを知らずに左ペダルを「いつもの向き」に回して外そうとすると、むしろ締まっていき、いつまで経っても外れません。自転車をいじる人が最初につまずくポイントの一つです。
なぜ左だけ逆なのか。これは「回るものについているネジは、回転のせいで緩んでしまうことがある」という現象が関わっています。ペダルをこいでいると、ペダルの軸とクランク(ペダルを支えるアーム)の間でごくわずかなすれが起きています。このすれが何万回も積み重なると、ネジをじわじわと回していく力になります。左側は、ちょうどその力が「右ネジを緩める向き」にかかってしまうのです。だからあらかじめ逆ネジにしておけば、走れば走るほど締まる側に倒れてくれます。
自転車のペダルは左右でネジの向きが違う
(ちなみにこの現象は「歳差運動」と呼ばれ、単純に「ペダルが回る向きと緩む向きが同じだから」では説明できない、ちょっと不思議な動きです。気になった方は「ペダル 歳差」で調べてみてください。決して易しくはないですが、理解できたときの「へぇ」は大きいです。)
扇風機も身近な例です。羽根を外して掃除するとき、真ん中のキャップが「いつもの向き」では外れなかった経験はありませんか。多くの扇風機でこのキャップは逆ネジです。理屈はペダルと似ていて、モーターが回る向きとネジが緩む向きをずらすことで、回しているうちに羽根が飛んでいく事故を防いでいます。草刈り機の刃やサーキュラーソーの刃も、同じ考えで逆ネジになっているものがあります。
もう一つ、まったく別の理由で逆ネジを使う場所があります。ガスボンベです。プロパンガスなど、燃えるガスの容器の接続部は逆ネジになっています。ここでは「緩まないため」ではなく「間違ってつながないため」に逆ネジを使っています。燃えるガスのホースを、酸素など別のガスの容器につなげられたら大事故になります。ネジの向きを変えておけば、そもそも物理的につながりません。これは「人はいつか間違える」という前提で設計する、とても賢い使い方です。
逆ネジが使われている場所とその理由
こうして見ていくと、逆ネジは「標準から外れた変わり者」ではなく、「標準をあえて破ることで、安全を守っている部品」だとわかります。みんなが右だからこそ、左にすることに意味が生まれる。標準があるから例外が使える。すてきな関係だと思いませんか。

まとめ 身の回りのネジを見る目がちょっと変わる
「ネジはなぜどれも同じ向きに緩むのか」。答えを一言で言うなら、「右利きの人が力を入れやすい向きが自然に広がり、19世紀に規格として固定されたから」です。
でも、この記事で一番伝えたかったのは、その先にある三つのことです。
一つめは、「標準」は誰かが天から決めたものではなく、たくさんの人の手が選んできたものだということ。モノづくりの世界にはこういう「自然にできていったルール」がたくさんあります。
二つめは、「みんなが同じ」であることそのものに大きな価値があるということ。右か左かはある意味でどっちでもよくて、「考えなくても身体が知っている」状態を作れたことがすごいのです。
三つめは、標準があるからこそ「あえて外す」ことが設計の技になるということ。自転車の左ペダルも、扇風機のキャップも、ガスボンベの接続部も、「普通は右」という前提があるから左にすることで人を守っています。
次にネジを回すとき、もし「あれ、回らない」と思ったら、力を入れる前に一度手を止めてみてください。そこには、設計した人が「ここはあえて逆にしておいたよ」と残した、小さなメッセージが隠れているかもしれません。